法務としてIRにも関わることになりました。インサイダー規制について基礎を覚えておくのが大切だと聞きましたので、教えてください。
インサイダー取引規制については、インサイダー取引の主体と客体を押さえておくことが肝要になります。特に、「重要事実」について基礎知識と勘所を押さえておくとよいでしょう。
それでは以下で、この点も含めインサイダー取引に関する基礎知識を扱いましょう。
概要
インサイダー取引規制は、以下の3つに大別されます。
①会社の重要情報に関するインサイダー取引規制
②TOB(公開買付)等に関するインサイダー取引規制
③情報伝達・取引推奨に対する規制
①は会社関係者等が未公表の重要事実を知りながら当該上場会社の発行する株式の売買等をしてはならないという規制になります。
②は公開買付者等関係者が未公表の公開買付等事実を知りながら、当該上場会社の発行する株式の売買等をしてはならないという規制です。
③は会社関係者又は公開買付等関係者でインサイダー情報を知った者は、その公開前に他人に利益を得させ又は損失を回避させる目的でインサイダー情報を伝達し又は売買等を勧めてはならないとする規制になります。
TOBは滅多に行われることがないこと等から本記事ではメインになる①会社の重要情報に関するインサイダー取引規制を扱います。
インサイダー取引規制の主体となる者
インサイダー取引規制の対象者は、会社関係者・元会社関係者とこれらの者からの情報受領者になります。
会社関係者として特に押さえておくべき者は、下記①②になります。
①当該会社の役員、代理人、従業員(役員等)と親会社・子会社の役員等
②契約締結者やその締結の交渉をしている者及びこれらに該当する法人の役員等
※①②以外に監督官庁や会計帳簿閲覧請求権を有する株主等も該当しますが現実に問題になることはあまりありません。
元会社関係者とは、会社関係者でなくなってから1年以内の者をいいます。
会社関係者・元会社関係者だけでなくこれらの者から未公表の重要情報に関する情報受領者もインサイダー取引規制の対象となります。
だからこそ、会社の内部統制としては、従業員等に売買を規制するだけでなく会社内の情報管理や従業員等からの機密保持の誓約を得ることが重要になってきます。
インサイダー情報(インサイダー取引規制の客体)
会社における未公表の重要事実がインサイダー情報になりますのでこれについて説明をしていきます。
(1)公表
公表された事実であればインサイダー情報とはなりません。
しかしながら、インサイダー規制において公表は下記のように厳格に定められており、これらのいずれかに該当しなければ公表したことにはなりません。会社がどこかで発表さえすればよいというものでない点を頭に置いておく必要があります。
①2つ以上の報道機関で伝達され12時間以上経過した場合
②TDnetにより公衆縦覧された場合
③法定開示書類に当該内容が記載されている場合
(2)重要事実
重要事実とは、その会社又は子会社における①決定事実②発生事実③決算情報④バスケット条項になります。それぞれについて下記で説明します。
①決定事実
決定事実とは会社の業務執行を決定する機関がある行為を決定したこといいます。
ここでいうある行為は法で定められています(金商法166Ⅱ①、金商法施行令28)。主に組織再編、新株発行・資本金額や準備金額の減少や自己株取得等資本金に関する事項や重大な業務提携等といった行為に該当します。またこちらについては軽微基準が設けられている場合がある点も重要になります。
加えて「業務執行を決定する機関」と「決定」も広めの意味であることに注意をしなければいけません。前者は事実上の意思決定を行っている機関を指しますので、権限規定上の決裁機関が株主総会や取締役会であってもその事前の○○委員会や経営会議で事実上決まるものであればその意思決定が決定事実になる可能性が高いです。また、決定については最終的な意思決定に限りません。その準備のための作業を会社として行うことを会社で意思決定した場合も対象となります。例えば、大規模M&Aのデューディリジェンスをするかといった場合にこの点が問題になります。
②発生事実
発生事実は、会社の意思とは無関係にある事実が発生した場合を意味します。ある事実についてもその内容は法令で定められており(金商法166Ⅱ②、金商法施行令28の2)、内容によっては軽微基準が設けられています。
具体的には、災害による損害の発生や主要取引先との取引停止、主要株主の異動等が挙げられます。
③決算情報
売上高、経常利益、純利益、配当について新たに算出した予想値又は実績値が直近の予想値と一定程度以上に異なることになった場合には重要事実となります。この一定程度については、取引規制府令の重要性基準を参照することになります。
④バスケット条項
バスケット条項とは、上記①~③以外で、当該上場会社等の運営、業務又は財産に関する重要な事実であって投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすものをいいます。
包括的かつ抽象的な規定になりますので、会社運営にとって重要な意思決定をする場合には上記①~③に該当しないとしてもこちらに該当しないかを検討しなければなりません。
検討に当たり、規範の抽象性とインサイダー取引が発生した場合の影響を考えると、社内におけるバスケット条項該当性の認定は保守的になってしまうのが悩ましい点です。
具体的な検討に当たっては下記の証券取引等監視委員会の事例集を参考にしましょう。
インサイダー取引に該当しない売買等(適用除外)
インサイダー情報を持った状況下での売買でもインサイダー取引に該当しないものがあります。
実務上でも時々使う(特に報酬関係を扱う担当者は)ことになりますのでこれらを紹介します。
(1)クロクロ取引
同じ重要事実を知っている者同士が証券市場外で取引を行うことをいいます。この場合、情報の偏りを利用した投資行為が行われるわけではないため、証券市場の公正性および健全性を害する危険がなく、インサイダー取引規制の適用除外となります。
認識している重要事実を特定すること、重要事実を知らない第三者に転売しないことを書面で確認しておくことが実運用上は重要になります。
(2)知る前計画・知る前契約
重要事実が未公表でも、かかる重要事実を知る前から締結されていた契約や作成された計画をいいます。
「知る前契約・知る前計画に基づいて行われる売買等であれば、当該重要事実とは無関係に行われる取引であるため、証券市場の公正性および健全性を害する危険がないものとして、インサイダー取引規制の適用除外となります。
役員・従業員持株会でインサイダー情報を持っている役職員が積立てを継続できるのは知る前計画・知る前契約が根拠になります。なお、これが根拠のためインサイダー情報を持った状態で口数の変更はできない点注意が必要です。
(3)ストックオプション
ストックオプションを行使して株式を取得する場合も適用除外となります。
もっとも取得した株式をインサイダー情報を持った状態で売買等してしまうとインサイダー取引になってしまう点に注意が必要です。
インサイダー取引のペナルティ
インサイダー取引規制に違反した場合には課徴金納付命令又は刑事罰を受ける可能性があります。
(1)課徴金納付命令
自身又は第一次情報受領者がインサイダー取引規制に違反する「売買等」を行った場合、金融庁から課徴金納付命令が発せられる可能性があります(金商法175条、175条の2)。
(2)刑事罰
インサイダー取引規制違反を行うと以下のとおり刑事罰が科される可能性があります。
①自らインサイダー取引規制に違反する売買等を行った場合:5年以下の懲役又は500万円以下の罰金
②インサイダー情報を違法に伝達した先の他人が、インサイダー取引規制に違反する売買等を行った場合:5年以下の懲役又は500万円以下の罰金
③法人の代表者・代理人・使用人その他の従業者が、上記①②のいずれかの罰則規定に該当する場合:法人に5億円以下の罰金
主たる参考文献
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